椿絵コレクション-その由来#4


このコラム 「椿絵コレクションの由来」では、何故椿をモチーフとした美術品が収集されたのか、その理由やきっかけについてお伝えしてきました。

現在茨城県天心記念五浦美術館ではコレクションの展示が行われていますが、今回はこのような形でコレクションが公開されてきた経緯についてお話をしていきます。

椿絵の蒐集が始まったのは昭和51年、一段落したのは平成元年頃です。昭和63年、大東京火災は創業70年を迎えましたが、その周年記念事業の一つとして、椿をテーマとした美術品を広く公開し、一般の方にも見ていただこうという構想が持ち上がりました。実行にあたっては数多くの展覧会を手掛けてきた日本経済新聞に依頼、展覧会全体の監修は、元 京都国立近代美術館館長で美術評論家の河北倫明先生、山種美術館学芸部長の細野正信先生にお願いしました。

展覧会は昭和63年5月の東京 日本橋高島屋を皮切りに、翌 平成元年8月まで全国の百貨店、美術館を中心に15会場を巡回しました。東京会場だけで16,000名を超えるお客さまにご覧いただくと共に、各地会場でも地元マスコミに大きく取り上げられるなど、大変好評を博しました。

高島屋 椿絵名品展

この巡回展をきっかけに、それ以降コレクションは無償で全国の美術館等に貸し出され、公開されることになります。

またこの巡回展の副産物として図録制作に使用された画像を使い椿絵カレンダーが制作されました。その後も毎年多くのお客さまへお届けし続け、身近に椿絵を楽しんでいただいています。

椿絵カレンダー

ここでコレクションの保存管理についても触れておきましょう。

各作品の保存には、温湿度の管理など美術品にふさわしい適正な保管管理が要求されます。

古くは江戸時代の絵画工芸品など、特にデリケートな扱いが必要な作品も含まれています。

当初は会社施設などで保管されていましたが、巡回展開始を契機に、美術品の取り扱いを熟知した東京マルイ美術に、貸出の輸送も含め委託されました。

前社長 吉川恒生さんは保管業務に止まらず、その幅広い人脈から、コレクションを各地の美術館へ紹介いただき展覧会の開催にもご尽力をいただきました。

また巡回展にお骨折りいただいた河北倫明先生、細野正信先生に続き、現在は泉屋博古館東京 館長の野地耕一郎先生にコレクション全体の監修は引き継がれ、毎年のカレンダーの企画もお願いをしています。

泉屋博古館東京 館長 野地耕一郎先生

椿をテーマとした美術工芸品が集まり、一つのコレクションが生まれました。そして将来に向け引き継がれ、公開されて多くの人が楽しむことが実現しています。その裏には多くの専門家の方々のご協力があったことを記しておきたいと思います。

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