日本画の画材の過去と今-出口雄樹×岩泉慧 ギャラリートーク


京都芸術大学で教鞭をとる出口雄樹さんと、岩泉慧さんの展示、「REFLECTION」が2022年7月26日から8月10日まで開催されました。8月9日には「煌めく日本画画材の過去と今」と題してギャラリートークが行われ、お二人による絵具を中心とした画材のお話し、作品のことなどをお聞きすることができました。

※本記事の内容は実際のトークイベントダイジェスト版です

絵具の歴史

岩泉慧さん

岩泉)さて今回は「煌めく日本画画材の過去と今」と題してトークを進めて行きますが、これは展覧会のタイトル「REFLECTION」に非常に大きく関わってくるものになっています。

まずは日本画の画材って何だろう?ってところから入って行きまして、僕らの使っている素材は日本画なの?って疑問をつなげていき、作品のコンセプトの話をしていこうかと思っております。

では最初に、日本美術で古くより使われている素材についてですが、岩絵具、和紙、絹、金銀箔、墨、染料などが挙げられます。こういった天然素材が日本画では使われて来たのですが、これは何も日本画の専売特許ではないんです。時代を遡れば遡るほど西洋でも同じような天然素材が用いられ、更に遡って先史時代のラスコーの壁画の時代になると更に同じものになるんです。ではなぜ、西洋では時代を重ねるごとにそのような素材は使われなくなり、日本では残ってきたか?

そこから時代を進めていき産業革命時代になるとチューブに入った絵具が出現する。すると土や鉱物を砕いて、調合して色を作るという専門性がなくとも、外で色を塗っても、絵を描くことができる。丁度印象派の画家が出てくる時代なんですね。

出口)便利になるという反面、手間を厭うようになったとも言えますね。また近年では顔料の元となる重金属を含む毒性のある材料に対する規制の問題も、画材に影響を及ぼしています。

光と画材の関係

岩泉)一方わが国では、岩絵具や箔などの質感や反射を伴う色材が発展していくんですね。これには、日本における建物の構造も関係しています。つまり室内に入る光は、庇がある日本家屋独特の横から入り奥に伸びていく斜光と畳から反射する光が光源なのでどうしても薄暗くなる。したがって素材自体が反射性を持つものを用いることで僅かな光でも色が際立つんですね。それ故に反射する素材が求められた。

反射による質感は、鉱物などの粉末をといて紙、布のベースに定着させる接着剤いわゆる展色剤にも関係してきます。日本画では膠(にかわ)が使用されるのですが、油を使えば油絵具、アラビアゴムを使えば水彩絵具になる。ただし膠以外では元の素材を糊剤が大きく包んでしまうので質感が消えてしまうのですね。この辺が今に伝わる日本画材の特徴ともいえます。

画材の進化と表現の変化

岩泉)では続いて今回我々が使っている画材のお話をしましょう。

冒頭、光の反射のお話をしましたが、光を反射する素材の一つに「雲母」という顔料があり、かつては絵巻物や唐紙(模様が施された工芸紙)に多用されたんです。実はこれ、時代を追うごとにどんどん正当な進化を遂げ、色んな性質のものが出てきてエフェクト顔料という名で存在しています。我々の身の回りの製品に応用されているのですね。例えば化粧品のラメに使われたり、車の塗装に使われたりと用途がどんどん広がってきています。

出口雄樹さん

出口)展示しているドクロの絵もこの画材を使ってアクリル板に描いています。工業の発展と共にアートも進化してきています。かつて産業革命によりチューブ入り絵具が大量生産されることにより印象派が誕生し、合成樹脂の開発によりアメリカの抽象表現主義が発達したように、日本画も時代に合わせた表現が必要だと思います。ですので、これまでの日本画では使われてこなかった材料を積極的に使って日本画表現の領域を広げて行くことに挑戦しています。

岩泉)作品の見え方は、光が当たって表出する画材の質感によって変わってきます。私の作品も見る角度によって色が変わって見えたり、特定の角度で像が見えたりします。まさに光の反射による表現といっても良いですね。これは実際にご自分の視点を動かしながら現物を肉眼で見ていただかないと分からない、一定方向から撮られている写真では分かり難いかと思います。

出口)もう一つ紹介すると、前述のは光を「反射する」素材ですが、このスケートボードに描かれた作品のベースはこれとは逆に、光をほとんど反射しないカーボンナノチューブを用いた特殊な塗料を使用して漆黒を表現しています。こちらはカーボンが原料となっていますのでそういった意味では墨が進化したものとも言えますね。

岩泉)このように今の時代ならではの反射にまつわる素材を使い、時代を映し出す2つの意味を込めて今回の展覧会のタイトル「Reflection」としています。

作品のテーマ「死」と「神の領域」について

出口)では、いよいよ我々の作品のテーマについて話していきたいと思います。

海外で展示を行っていると、作品制作のコンテクスト、文脈、つまり何故この様な表現をしたのか説明を求められることが多いです。今回僕はドクロをモチーフに描いていますが、これはアートの抱えるテーマのひとつである「死」を表現しています。ヴァニタス画と呼ばれるジャンルもありますが、僕は「死」を積極的に取り上げることで、それを通じて「生きること」を考えていきたいと思っています。

また、アート作品は自分の死後も残っていくものですから、今回の展示作品の様にアクリル板を使ったものが、数百年後に研究されたときに「この時代はこんなもの(素材)があったんだ」と言われたら面白いと思っています。

岩泉さんの取り上げているテーマは「死」の先にある領域だと思うのだけど、何故実体のないもの、神の領域と言っても良いと思うのだけど、それを作品にしようと考えたのですか?

岩泉)僕はもともと小さい時からゲームが大好きで、なんとなく架空の世界に憧れていた。大学に入る時にも将来ゲーム制作会社に入りたくて最初はデザイン科を専攻したくらいですから。それが、入学してからいきなり岩絵具などの画材を触ってみて調べていくうちに、使われている素材の面白さにはまってしまった。

途中から日本画に転向した後も目に見えない世界に興味を持ち続け、昔の人はそれをどの様にとらえようとしたかと考え始めたのがきっかけだった。

出口)アートは、もともと宗教的なものが起源のひとつでした。西洋の、特にギリシャ神話をテーマにした作品では理想的な人間の姿を描くことで神に実体を与えるけど、日本の神道の場合、八百万の神といって、岩とか山が御神体だったり、太陽や雷であったり、つまり光や自然現象なども神の化身として扱われたり、その姿形は多様でファジーなものですね。

アメリカにいるとき「日本人は岩に神が宿っているというが、その岩が壊れた時に神はどうなるのか?」と聞かれて困ったことがあった(笑)。岩泉さんだったらどう答えます?

岩泉)岩はあくまでも依代なので壊れても周りに散って残っているのなら、それでも存在すると言い切るだろうね(笑)

今回の展示作品で二種ある内の1シリーズである「神奈備Halo」では、ご神体と呼ばれるもの、例えば那智の滝をサーモグラフィカメラで撮影して、人の目に見えない熱を画像化して、それを普段は見えないけど光が当たると像が浮かび上がる素材2種使って作品にしています。ある条件が整った時だけ可視化される仕組みです。今日は展示中にはお見せ出来ていない、もう一つのパターンである蓄光顔料が光を蓄えた際に浮かび上がる像を作品にブラックライトを照射して見ていただこうと考えています。

出口)私たちは大学で、これまで絵画に使われなかった素材を実験的に使用・検証しています。今回の展示を通じてその「おもしろさ」が、皆さんに少しでも伝われば嬉しいです。今日お話してきたように、画材も技術の進歩とともに変化し、それがまた新しい表現を生み出していくと言えるのではないでしょうか。

岩泉)今、世の中は仮想現実の世界に移り変わって来ているともいわれていますが、我々が制作する作品は人間が感じることのできる物質感が非常に重要なファクターになっています。これは実際に現場で見ていただかないとなかなか分からないことだと思います。今回この様な展示の機会を作っていただいたのは大変嬉しいことです。

UNPEL GALLERYの外観